知っていますか?水島コンビナート知っていますか?水島コンビナート

源平海戦の舞台となった水島


 水島という地名が歴史上にあらわれたのは、今から800年以上前の1183年(寿永2年)の源氏の旭将軍木曽義仲の先鋒軍と平家軍が備中の水島途(と)で戦った源平海戦。これを、源平盛衰記では「水島の途の軍事」、平家物語では「水島の途の合戦」と記されています。
 海戦は約5時間に及び、水島をはさんで激しい合戦が繰り広げられましたが、水軍に長じた平家方の勝利となり、木曽勢は壊滅しました。この水島の合戦は、木曽義仲に追われ都から逃れた平家方が初めて勝利したもので、西海において一時大いに勢いを盛り返す転機になった戦いといわれています。
 当時の水島は、現在の玉島乙島と柏島のことで、その間の玉島湾が主戦場であったようです。源氏勢が敗走したのが、連島から下津井に至る海岸線であったことから、現在の水島は当時の海戦の舞台であったようです。
検索したいキーワードを入力してください